A Manufactured Nuclear Crisis - Japanese

捏造されたイラン核危機

【ワシントンIPS=ピーター・ジェンキンス】

ガレス・ポーター氏(歴史家・IPS記者)の新著の副題「イラン核騒動の語られざる物語(The Untold Story of the Iran Nuclear Scare)」は、よく選ばれた言葉だ。『捏造された危機』の大部分は実際、今まで語られてきていない。それを紐解いていけば、著者が言うところの「もうひとつの物語」が見えてくるだろう。

しかし、「もうひとつの」という言葉に惑わされてはいけない。これは、存在しない陰謀を創り出した変人の作品ではないのだ。読者はむしろ、ポーター氏の細かい情報源や調査の深さを見て、彼の動機となっているものが、真実へのあくなき追究と、人を騙すことへの反発であることに気付くであろう。

ポーター氏は、この10年間のほとんどをイラン核問題の調査に費やしてきた。彼の調査結果は、この問題に関するこれまでの調査とは異なり、ますます増える文献に素晴らしい新たな1ページを加えるものであり、米国およびイスラエルの政策への辛辣な「有罪判決」とでも言うべきものだ。

ひとつの中心的なテーマは、「隠された動機がこれらの政策の方向性を決めてきた」というものだ。ポーター氏の説明では、米国側では、冷戦の終焉によって、イラン(およびその他の新興国)による大量破壊兵器およびミサイルの脅威を誇張して予算獲得を容易にしようという連邦官僚制の利益が登場してきたという。

ジョージ・W・ブッシュ政権下では、一部の政府高官が、核の恐怖を利用して、イラン政府を「非正統化」し暴力的な体制転覆の口実を作ろうとした。

イスラエル側では、1992年以降のすべての政権(リクードも労働党も)が、イランの脅威を大げさに語りイランの指導者を悪く描くことに利益を見出してきた。

あるイスラエルの文書には「イランとイスラム教シーア派原理主義は世界平和への最大の脅威だ」と記されている。こうした記述の目的は、米国に対して「戦略的同盟国」としてのイスラエルの価値を印象づけることであり、イスラエルの核兵器に対する世界の不安から目を逸らさせるとともに、パレスチナを占領しつづけることへの口実を創出することであった。

ポーター氏は、「米国およびイスラエルの政策は、政治的・官僚的な利害によって形成されたものであり、イラン指導層の動機や意図に関する利用可能な指標を合理的かつ客観的に評価した結果ではありません。」と主張している。

「隠された動機」というテーマを補完するもうひとつの中心的なテーマは、諜報部門の情報と評価がこの物語の問題の多い部分を演じてきたということだ。

ポーター氏によれば、1990年代初頭に諜報を誤って解釈したことで、米国の分析当局は大規模で秘密裏の核兵器計画の存在を信じ込むようになってしまった。他方で、1990年代末から2003年までの間には、この兵器計画は兵器関連の研究以上のものではなかったというのがポーター氏の見方だ。

「誤った解釈」ということであれば、許されもするだろう。より重大なことは、ポーター氏の調査によって、米国の分析当局が2000年代前半、1990年代の評価を疑問に付すような証拠を無視、或いは、過小評価してきた事実が明らかにされたことだ。

イランは核濃縮工場の生産物を「兵器化」する意図を持っていないとの情報を人的接触によってもたらした中央情報局(CIA)の契約職員は、情報源との接触を控えるよう命令された。イラン指導層が核兵器製造を決定したとの証拠は存在しないと指摘したCIA内部の勢力は、評価にこのことを反映させることができなかったのである。

分析官たちは、宗教上の理由から[イランが]核兵器を違法化したとの情報に耳を貸さなかった。しかし、この時までには、イランが同様の宗教上の理由から化学兵器を禁止したことは明らかになっていたのだ。「隣国が必要な推測を引き出すことができるように」と、[原子力計画は]平和的なものであるとするか、あるいは少なくとも、燃料サイクルの獲得以上に進む意図はないとのイランによる保証は、顧みられなかった。

さらにより深刻な問題は、イスラエルが諜報を偽造し捏造したのではないか、という疑惑である。

2008年初頭以降の対イラク批判は、もっぱらパソコン上の情報を基になされてきた。情報は2004年に米国にもたらされ、2005年には国際原子力機関(IAEA)に渡された。それから2年半、IAEAは情報の真偽を疑いそれを利用することはなかった。イランに対してこれに関する回答を求め始めたのはようやく2008年に入ってからである。ポーター氏は、イスラエルが重要な情報を捏造したと納得できるような数多くの根拠を示しながら、IAEAが当初情報を疑ってかかったのは正当なことだったと示唆している。

ポーター氏はまた、イラン問題に注目を集めつづけた2つの文書をイスラエルが偽造したとの証拠を示している。イランは2003年に核兵器開発計画を放棄したとする2007年末の米国家諜報評価(NIE)の判断、および、それ以前のIAEAの調査から生まれてきていたすべての懸念をイランは解消したとする2008年初めのIAEA報告があったにも関わらず、偽造がなされたのであった。

イスラエルは2008年、IAEAの諜報部門に対して、イランがその数年前にパルチン軍事基地で核爆発実験を行ったと示唆する情報を渡した。翌2009年には、イランが2003年以降に兵器関連の研究を再開したとの「証拠」を提供した。

もしポーター氏が正しいならば、そしてイランを批判するためのこれら3つの根拠すべてが捏造されていたとするならば、非常に重大なことだ。米欧の同盟国は、この情報は信頼に足るとの前提で、イランの抗議を退けていたのである。実際、欧米諸国は、イランの反応をIAEAに対する非協力宣言と解釈し、それを根拠にイランに対する最大限の制裁への国際的な支援を呼びかけたのである。これらの制裁によってイラン国民は被害を受け、欧州やアジアの経済はダメージを受けた。

「協力の拒絶」という解釈によって、2007年のNIE以前に国連がイランに対して行っていた要求を維持しつづけることが正当化された。2007年までならイランの核計画が平和への脅威と見なすことが合理的だったかもしれないが、それ以降、さらにはIAEAが2008年以前の懸念は解消されたと報告した時点で、不適切なものになっていた。

イスラエル諜報部門の情報が真のものであると信じつづけようとする読者も間違いなくいることだろう。それが正しい態度であるかどうかは、これからわかることだ。

しかし、『捏造された危機』からのひとつの推定は否定しようがないように思われる。それは、イランのこれまでのイスラム指導者が、核兵器の保有あるいは使用を是とする決定を下したとの確定的な証拠はないということだ。従って「イラン核脅威」に関するあらゆる議論は、時期尚早なものである。結果として、米国やその同盟国が脅威解消のために課してきた厳しい制裁には合理性がなく、根拠に欠けるということになるのだ。(1.29.2014)  IPS Japan

※ピーター・ジェンキンス氏は、ケンブリッジ、ハーバードの両大学で学んだ後、33年にわたって英国の外交官として、ウィーン(2度)、ワシントン、パリ、ブラジリア、ジュネーブに駐在。最後の任務(2001~06)は、英国のIAEA大使、国連大使(ウィーン駐在)。2006年以降は、「再生可能エネルギー・省エネパートナーシップ」代表を務めるかたわら、国際応用システム分析研究所(IIASA)代表の顧問を務め、企業部門に対して紛争解決と国境を超えた諸問題の解決をアドバイスする研究機関「ADRgAmbassadors」を元外交官らと設立した。